
法律家の世界で,児島姓と聞いてすぐ思い浮かぶ人物が二人います。
一人は児島惟謙,明治時代の大審院長(最高裁判所長官)です。訪日中のロシア皇太子に巡査津田三蔵が切りかかった大津事件で,大国ロシアの報復を恐れて死刑にしろと大圧力がかかる中,当時の刑法を忠実に守って死刑を回避したことで有名な司法官です。
もう一人は児島高徳。南北朝時代の武将、後醍醐天皇の忠臣として,戦前の教科書には必ず載っていたそうです。後醍醐天皇が隠岐に流されるとき,幽閉中の宿の庭に忍び込み,桜の幹を削って「天莫空句践 時非無范蠡(天,句践(こうせん)を空しうするなかれ,時に范蠡(はんれい)無きにしも非ず)」という10文字を刻みました。句践は臥薪嘗胆で有名な春秋時代の越の王様,范蠡はその宰相で,大いに働いて越を勝利に導きました。
この短詩の大意は,天は決して句践(後醍醐天皇)を見捨てることはない,他日きっと范蠡の如き忠臣(私)が現れて,天下を取り戻すことが出来ますから,と天皇を励ましたものでしょう。越の王句践を後醍醐天皇に,范蠡を児島高徳自身に見立てて,きっと自分が天皇をお救い申し上げる,と書き送ったのです。
ところで,法律の世界で判例(はんれい)と言えば,最高裁判所の(あるいは重要な下級審の)裁判例を意味します。難しい事件を担当すると,先例はどのような判断をしているのか,果たして似たような案件での有利な判例があるか,気になって探索します。今はネットで検索することも容易になりましたが,昔は判例を上手に探すことが弁護士の重要な技術でした。
そこで冒頭の話に戻るのですが,色々探した挙句に,ピッタリの判例を見つけたときの喜びはひとしおで,「やった~」という安堵とともに,思わず「時に范蠡(はんれい=判例)無きにしも非ず」と口走ったものでした。
古い弁護士には,このようなジョークを口にする人も少なくないと思います。ただ,語呂合わせ,おやじギャグの類ですし,何せ出典があまりに古いので,今や遺物。若い弁護士がこんな冗談を分かってくれるかどうか,定かでありません。